暖流誕生秘話

先の大戦で、神村酒造では工場設備、貯蔵していた泡盛を全て失いました。
戦後の沖縄における酒市場は、泡盛が壊滅していたので、飲める酒はアメリカから輸入されてくるビールやウィスキーなどが主で、沖縄の方も洋酒の嗜好に変わっていきました。
もちろん何も無い戦後ですので、まともに泡盛が造れるわけでもありません。ましてや熟成させた古酒などは夢のような酒でした。

ある程度の品質の泡盛ができるまで10年以上かかり、やっとのことで泡盛の販売を強化していくのですが、しかし戦後ウィスキー嗜好が高いため、泡盛の消費量を伸ばすのは容易ではありませんでした。
そこで神村酒造の三代目神村盛英が考えついたのが、「飲まれているウィスキーと飲ませたい泡盛の良さを兼ね備えた泡盛」を造ること。先ずは飲んでもらおうと考えだしたのが樽貯蔵泡盛「暖流」で、10年の研究開発をかけ、1968年に誕生しました。

想いが通じこれまでウィスキーを飲んでいた方からも指名され、泡盛の復活に大きく貢献し、現在でも多くの方に愛飲されています。

神村酒造のチャレンジ精神で生まれた暖流は、泡盛の業界に新風を吹かせ泡盛の可能性を広げました。
暖流のラベルには琉球の舟「進貢舟」が描かれています。当時の琉球の人たちはこの進貢舟に乗り死を恐れずに黒潮「暖流」の荒波を乗り越え大陸へ渡り、沖縄に様々な文物を持ち込み、沖縄を豊かにしました。暖流はその様な先人たちへの敬意と感謝、チャレンジ精神を引き継いでいる泡盛です。

暖流のこだわり

泡盛の貯蔵方法には、タンク貯蔵や伝統的な甕貯蔵がありますが、「暖流」はオーク樽で貯蔵・熟成させた古酒を使用しております。また、「暖流」は樽貯蔵泡盛の先駆けとなったブランドで、研究開発に10年の歳月をかけ、1968年に商品化された泡盛です。
最大の特徴は、バーボンウイスキーの貯蔵に使用するオーク樽で貯蔵していることです。製品にするには、3年以上熟成させた「暖流」の琥珀色のモルトと、透明な泡盛を独自のレシピでブレンドし、他では真似のできない味や香り、コクを造り出しています。
一番の特徴はウィスキーのような甘い香りがすること、しかしウィスキーと違って、米を原料とする暖流の後味は日本人好みの甘さが優しく残ります。

オーク樽 貯蔵泡盛「暖流」